うつ病体験記2:原因は仕事

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こんばんは。

おてもやんです。

前回は初めてうつ病になったお話を書きました。

1回目は長期に渡って、うつの症状に苦しみました。

8年間も我慢来たのは、結婚生活に対する一つだけの希望があったからです。

その希望があったから、結婚生活はどんなに苦しくてもやめようとは思いませんでした。

ただ、希望が無くなった時に離婚のチャンスが訪れたので、「このチャンスを逃したら一生このまま」と考え、離婚に踏み切りました。

しぶしぶ離婚に応じた夫から「8年間、ただただ幸せだった」と言われました。

間髪入れず「でしょうね!」と私(笑)

だって、夫が不機嫌にならないようにだけを考えて「良い妻」を演じていたので当たり前です。

私は夫から、首席で卒業したのです。とっても嬉しかったのを覚えています。

今回は、仕事が原因でうつ病になったお話です。




楽しい生活と新しい仕事

離婚した私は、生活の全てを自分の思うように変えていきました。

もちろん車も買って、大好きなドライブも楽しみました。

好きな洋服を着て、自分の好きな髪型にもしました。

職場で知り合った男性と恋愛もしました。

そんな時、以前私が大好きだった接客の仕事の求人が出ていました。

仕事内容は詳しくは書けませんが、アパレル関係です。

その会社は業界内でも人気の会社で、本店での新卒求人の倍率は200倍でした。

私は、地方の新規オープン店の面接に行きました。

二度の面接を経て、見事採用されました!

ワクワクする新生活のスタートでした。

業界内の違和感

初めは新しい事を覚える喜びに溢れていました。

素敵なお店。素敵な制服。素敵な名刺。素敵な肩書き。

でも、少しずつ違和感を感じるようになりました。

仕事は楽しいのですが、店長や同僚との空気感の違い。

取引業者との空気感の違い。

どんなに頑張っていても、私は空回りし、場違いなのです。

今になって言えば『その業界には合わなかった』だけですが、その当時は「私の頑張りはまだまだ足りない」と思ってました。

そんな時、同僚が朝礼中に貧血で倒れそうになりました。

隣にいた私は彼女を抱きとめ、ソファーに寝かせようとしたのですが、重くて一緒にソファーに倒れ込んでしまいました。

「そういう所なんだよね、あなた」

店長がボソッと呟きました。

店長は元々当たりが強い、圧が強い女性なのであまり気にしていませんでした。

その後、お店の掃除をしていたら店長直筆のファイルが書類棚から落ちてきました。

何気なく見ると「○○さん。よく気がつく。店長候補」と書かれていました。

「おてもやん 年の割に察しが悪い。採用は判断ミス」

全て店長の手書きです。

こんな大事なファイルを従業員がすぐに見られるようにしておく事にビックリしました。

この時、店長は出張中でした。

次の日、「店長候補」と書かれていた同僚がこっそり言いに来ました。

「おてもちゃん見た?あのファイル?」

私は「何の事?」ととぼけましたが、内心はショックでたまらなかった。

それでも、頑張れば何か前進すると思い頑張りました。

人間を壊すのはたった一言で十分

その後、店長のサポートで本社の営業担当が3日間だけ店舗に来ていました。

最終日、私は彼女の言葉で壊れました。

「おてもやんさんは強いですね。店長に人格否定されてもにこにこしてるんですもんね」

え?私は仕事の指導を受けていたんではなく、人格否定されてたの?

それから、何と返事をして、どうやって仕事をしていたのか覚えていません。

壊れた私はそれから1週間程度は仕事に行けました。

周りをよく観察すると、やっぱり私はその会社で浮いていました。

こんなにも合わない業界がある事にビックリしました。

よく考えたら、従業員の休みも差別がありました。

店長候補:店舗休日とその次の日は休日・2連休

従業員A:店舗休日とその前日は休日・2連休

おてもやん:店舗休日・次の日出勤・次の日休日・その後4連勤

一応、私も週休二日だけど、おかしいですよね。

1週間の間、冷静に現実だけを見るようにした結果。

私は会社に行けなくなりました。

「ギックリ腰で動けません」と連絡した私に店長は「這ってでも来てください。待ってます」と言いました。

2時間待って、「痛み止めなどを服用しましたが、やはり動けません」と連絡しました。

店長は「無責任ですね。私なら這ってでも出勤しますよ」と言いました。

ブラック企業決定ですね。

治る確信があったうつ病

それから私はうつ病の症状に苦しみました。

異常な汗、動悸、睡眠障害などなど

でも、この時は「仕事が辞められたら、うつ病は治る」と確信がありました。

あきらかに環境要因のうつ病だとわかったからです。

精神科で2回目の「うつ病」診断を受けました。

1回目とは違う病院です。

医師は「あなたが辞めたいなら、会社は辞めた方がいい」と言いました。

診断書を会社に提出しても、なかなか辞めさせて貰えず大変でしたが、強行突破で退職しました。

予想していた通り、退職後うつ病はすっかり良くなり、再就職に向けて行動することも出来ました。

そして1カ月後、派遣ですが新しい仕事と仲良しの同期に恵まれる事になります。

だけど、気になることが。

2回目にお世話になった医師にも同じ事を言われました。

「うつ病の原因は子供の頃に育った家庭環境ですね」

やはり、私の根本には「子供の頃の家庭環境の悪さ」があり、何かの要因がキッカケでうつ病が出るようです。

ちなみに、この頃はまだ父親と連絡を取り合っていたので電話しました。

うつ病だと伝えると「何がうつ病だよ!」と怒鳴られました。

次の日に「怒って悪かった」とメール。

数日後に電話がきました。

「実家に帰って来い。お前の仕事は俺が探してやる。

お前は高望みしないで、身の丈に合った仕事をすればいいんだ。

工場で流れ作業でもしてろ」

私は工場のラインで組み立てなども経験しています。

工場で黙々と仕事をするのも好きですが、仕事の内容はともかく実家に帰るのは自殺行為だと瞬時に悟りました。

父親の言うがままに実家に帰ったら2度と自由に暮らせない。

「成長しよう、知らない世界に飛び込もう」とする私は、小さい頃から暴力で押さえつけられました。

父親はずっと同じ会社で工場勤めをしていました。

それはそれで、父親を尊敬します。

1つの会社、1つの仕事しか知らない父親は、自分が想像出来ないような仕事を理解しようと努力したり、受け入れたりせずネガティブな言葉を必ず言います。

それは私だけではなく、兄弟全てに言うので、父親の性格です。

父親の言葉で危機感を感じた私は必死で就職活動をしたのでした。

あの時、実家に帰らなくて本当に良かったと思ってます。

こうして私は仕事を辞める事で2度目のうつ病を克服しました。

いざという時の為に、登録だけでもしておくと安心です。

今、会社で悩んでいる方へ

『早く逃げて!仕事はたくさんあるけど、あなたは1人しかいない』