社会不安障害:転職〜休職〜退職まで・その1

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こんにちは。

おてもやんです。

↓ 以前の「社会不安障害(SAD)と仕事に関する記事」はこちら

↓ 社会不安障害(SAD)になった時のお話はこちら

転職チャンスが来るまで3年かかった

信じていた男性と破局した後、引っ越しするお金も、引っ越し先で仕事も無いので、仕方なくそのまま某コールセンターで働いていました。

私が生まれ育った気候と、住んでいる町の気候が全く違い、体に合いません。

「早く引っ越したい!」という思いばかりが大きくなっていました。

社会不安障害(SAD)になり、会社の業績も悪くなり、どんどんお給料が下がっていきました。

その男性が選んだ田舎町に住んだ為、通勤には往復3時間かかっていました。

自宅周辺は何も無く、栄えている街へ行かないと仕事が無い地域でした。

通勤時間の長さが嫌でしたが「1年間だけだから」と、その会社に就職したのです。

男性と別れた後、転職活動はもちろんしていましたが田舎町に今よりも条件の良い仕事はありませんでした。

救いだったのが会社で働く人達に恵まれた事。

飲み会したり、おやつ交換をしたり。

上司も先輩も同僚も楽しい方々でした。

そんなある日。

先輩達とお酒を飲んでいた時に某外資系企業の求人が出てると聞きました。

「おてもちゃん。一緒に応募しよう」と誘われ、『こんな大企業で条件が良すぎる求人なんて、就職できる訳無いな』と思いながらも、面白そうなので即応募しました。

その求人に応募したのは私を入れて4人。

お酒の勢いでみんなで応募したのでした。

その時は、往復3時間の通勤を4年も続けていた時でした。

貯金はほぼなく、「生きていてもしょうがない。お金が無くなったら死のう」と本気で思っていました。

生きる希望もなく、投薬治療をしながらなんとなく生きていたのです。

病気で生きていたくても生きられない人の話をニュースで見ては「代わってあげたい。私は早く死にたい」と本気で思っていました。

好条件の求人

ネットで応募してから数日で面接の連絡が来ました。

『どうせ受かる訳ないでしょ』と思いながらも希望日を返信。

すぐに面接日が決まりました。

絶対に受かるはずが無いと思っていた事

・完全在宅勤務

・外資系大企業

・年収が今の会社よりも120万円UP

・面接は全てSkype

こんなに都合の良い話なんて無いよね〜

・・・でも、もし就職出来たら、色々と楽になれるな〜

対人恐怖症や満員電車で気分が悪くなる事などなど。

そんな苦痛から解放されたら社会不安障害(SAD)も良くなるかも・・・

なんてぼんやりと思っていました。

いざという時の為に、登録だけでもしておくと安心です。

〜 つづく 〜